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「原発事故の後始末と責任」

  今中 哲二さん (京都大学複合原子力科学研究所研究員)

今回は、京都大学複合原子力科学研究所の研究員で、長年にわたり原発の安全性に関わる研究に関わってこられた今中哲二さんにお話しを伺いました。
(インタビュー実施日:2022年11月15日/(聞き手:高木基金事務局長 菅波 完)


――今年2月24日にロシアがウクライナに軍事侵攻したことで原発が自国の安全保障上の弱点であることがあらためて明白になりました。

今中 私たちは原発の問題に長年取り組んできましたが、日本の原発の多くが日本海側にあることが、攻撃される場合の弱点になることは自明だと考えてきました。最近は、Jアラートが発令されたりしていますが、自民党や政府の責任者たちは、そのことをどう考えているのか、聞いてみたいものです。敵基地攻撃能力といった話もありますが、原発が攻撃されたら防ぎようがありません。

――ミサイルではなくても、地上部隊による襲撃だとしても、原発が軍事的に攻められたときの防御は─

今中 無理だと思います。これに関連して、日本海側に原発があるということについてコメントしておきたいのですが、福島原発事故で3基の原子炉がメルトダウンしましたが、太平洋側だったことがある意味で幸いでした。

――風向きに助けられたということですね。

今中 その通りです。放出された放射能の多くが太平洋に流れました。これは軍事攻撃ではなく、事故の場合も同様ですが、柏崎刈羽原発で事故がおきた場合の放射能汚染は、本州を分断するかたちで起きる可能性があります。

――そのリスクを本気で考える必要がありますね。

今中 もう一点、一般のみなさんの注意が欠けているのは、横須賀に軍事用の原子炉があると言うことです。

――横須賀を実質的な母港としている米軍の原子力空母ですね。

今中 これに対して、日本政府も原子力規制委員会も口をつぐんでいる。原子炉そのものの状況が明らかにされていませんが、私が調べたところでは、原子力空母には20万キロワット程度の原子炉が2基あると見ています。先日の日米韓の軍事演習でも、ロナルド・レーガンが朝鮮半島沖での演習に参加していました。

――攻めることばかりを考えて、攻撃の対象となることのリスクが忘れられていますね。一方で、岸田政権は、むしろこの状況を原発推進の口実にしようとしています。

今中 8月のGX実行会議での議論には正直驚きました。岸田さんがどこまでわかっているのかわかりませんが、GXの会議では、原発の再稼働、新増設、運転延長、さらに革新炉・次世代炉の研究が打ち出されました。ここで革新炉・次世代炉は目くらましで、きちんとわかっている人は、とてもできないと思っている。アメリカで新しい開発が進んでいるとか、革新炉は安全性が高まっているというイメージと、ロシアによるウクライナ攻撃、エネルギー価格の高騰、さらにはカーボンニュートラルとかの流れに乗って、なんとか原子力への追い風をつくりたい、ということなのだと思います。

──「追い風」程度で、実際にできるとは思っていないということでしょうか。

今中 革新炉・次世代炉はそうだと思います。

――新増設はどうでしょうか。

今中 新増設も私は難しいと思います。どうみても本命は再稼働だと思います。

――あとは運転延長ですね。

今中 運転延長は、規制委員長がおかしなことを言い出したので進むのかも知れません。電力会社の本音はそこまでだと思います。革新炉・次世代炉に、電力会社が乗るとは思えない。メーカーも新しい投資をしてリスクをかぶる気はないでしょう。いつ稼働するかといえば20年先、30年先です。びっくりしたのは核融合まで入っていることですね。
 結局、再稼働が争点であり、電力会社はどうしてもやりたい、私たちはなんとしても止めたい。

――本当の争点がどこかを見失わないことですね。

今中 なぜ電力会社が再稼働をしたいのか、私もあらためて考えています。東芝がウェスチングハウスへの投資に失敗して、債務超過で株式上場が維持できるかどうかという状態になりました。電力会社も危ないんです。東電は実質国有化されましたが、関西電力でも貸借対照表は6兆円くらいの資産規模になっていて、原発が資産として約5千億円、さらに核燃料資産が5千億円くらいあります。原発をやめることになると1兆円の資産の価値がなくなってしまう。経営的にも成り立たなくなります。さらに日本原電に投入している資金もあります。これが焦げ付くようなことになったら大変なので、原発をやめるにやめられない状況だと思います。本来、政治がなんとかしなければならないところだと思います。

――逆に言えば、経済の問題として、国として対処するべきではないかと思いますね。

今中 これが原発をやめられない理由のひとつだと思います。もう一つ、表にはなかなか出てきませんが、いわゆる「核オプション」。この問題もあると思います。

――日本という国が、潜在的な核武装能力を保有するということですね。

今中 実際に誰が仕切っているのはわかりませんが、そういう勢力があることは事実だと思います。核オプションにつながるのが再処理技術であり高速炉です。それらはどう見ても採算がとれない、20年経っても技術的にも確立しないのに、それでもやめられない構造の要因の一つが核オプションだと思います。

――電力会社のバランスシートも、核オプションも実は抽象的な問題ではないかと思います。六ヶ所再処理工場を稼働するとか、あるいは、再処理工場を廃炉にするというのは、現実問題として極めて難しい。どちらが本当に困難で、リアルなリスクなのかを考えるべきだと思います。
 話は変わりますが、私自身、原子力市民委員会の関係者で議論していても、原発推進側は、次の原発事故がおきることを前提として、事故がおきてもいいように、その準備をすすめているのではないかと思うことがあります。その点はどうお考えですか。

今中 いや、菅波さんがそのようなことを書いておられたから、そうかなぁとも考えましたが。たしかに、起きる可能性を否定できなくなったということで推進側は動いていますが、本気で考えているかというと、そうでもなさそうだし─

――なるほど。実際に事故が起こったときに、何かができるとまでは考えていないと言うことでしょうか。

今中 そうではないかと私は思います。

――実際に、チェルノブイリ原発事故のあと、放射能に汚染された環境で人が暮らすことを社会にどのように適応させるかが検討され、福島原発事故後に実践されている側面があると思います。原発事故時の防災避難計画でも屋内退避で、被ばくすることを前提とした仕組みが作られてきたように思います。

今中 原発事故時の防災計画は、それなりにつくりましたよ、というところまでで、その実効性については、結局、あまり考えていないように思います。

――推進側が、次の事故への「覚悟」を決めているわけではない。

今中 原子力というのは、これまで50年間も無責任体制でやってきましたから。「その場しのぎ」の繰り返しです。

――それがいまに至っているわけですね。さて、話を変えて、福島事故の後始末、チェルノブイリの後始末について伺います。福島事故の後始末を40年でできるとは─

今中 誰も思っていないでしょう。現場をよく知っている人は、誰もできると思っていませんが、一般の人は、よく知らない人が40年でなんとかなるのか、終わるのかと思っていると思います。

――今中さんは、これまでの講演等でも、やはり、福島第一原発もチェルノブイリも、後始末には数百年のスパンで考えるべきと指摘されていますが、まず、福島については、当面、目指すべきこと、取り組むべきことをどのようにお考えですか。

今中 まず、廃炉ロードマップをやめなければならない。これはつくった人たちが本当に無責任だったと思います。
 当面、具体的に取り組むべきことは、地下水が入ってこないようにする遮水壁をつくることです。デブリを取り出すなどということは40年では到底無理ですから、デブリをどうするかは、将来の世代に引き継がざるを得ないと思いますが、日本ではたくさんのダムを造ってきた技術もあるわけですから、本格的な土木技術者が取り組めば、地下水を止めることはできるのではないかと思います。
 それとともに、誰が廃炉に責任を持つかという問題です。いまは、かたちとしては、東京電力が責任を持つことになっていると思いますが。

――廃炉をすすめるための責任体制は本当に重要ですね。

今中 福島においてもう一つの重要な問題は、除染をしたところはそれなりに線量が下がりましたが、山林には放射能汚染が残ったままだということです。これは法律の抜け道のような状態になっています。従来の法律であれば、放射線管理区域とするべき汚染が、山林には残されたままです。
 岩波『科学』の昨年6月号にも書かせてもらいましたが、放射能汚染に関する環境基準をつくること、そして、汚染された地域のハザードマップをつくって人々に周知することが必要です。

――環境基本法で放射能を適応除外としてきた条文が2012年に廃止されたものの、未だに放射能に関する環境基準が定められていないという問題ですね。これについては、海外での規制の仕組みなどで参考にすべきものはありますか。

今中 アメリカの場合は、EPA(環境保護庁)が放射線に関わる環境規制を担っています。例えば、原子力施設を廃止して更地にしたところや、ウラン鉱山の跡地など、除染をして年間0.1mSv以下にせよというのが基準です。それでも、他の環境基準などに比べると高すぎるというのがEPAの考え方です。一方で、原子力施設についてはNRC(原子力規制委員会) の所管で、NRCは、EPAの考え方では厳しすぎる。年間1mSvでいいという立場です。どちらが適用されるかは、その場所によるという状況です。

――なるほど。日本で一般的な環境基準として参考になるのは、EPAの年間0.1mSvですね。福島原発事故後の対応は法律もつぎはぎだらけなので、基本的な環境基準を定めることが重要ですね。

今中 福島第一原発の事故により、東日本の広い範囲が汚染されてしまいました。当然ながら、被ばくはしない方が良い。汚染地域に暮らすと被ばくは避けられない。そこどのように折り合いをつけるのか。国が基準をつくるとしても、私が大切だと思うのは、それぞれの人が納得して判断するということだと思います。飯館村で暮らすなら暮らす、あるいは避難する。東京で暮らす人もいれば、東京でもいやだという人がいても不思議はない。サイエンスをやっている側の責任は、できるだけ確かな情報や知識を人々に提供することです。みなさんが考えるための材料を提供することが、私の役割だと思っています。
 リスク分析という言葉がありますが、放射能について言えば、まず汚染を把握する、そして被ばくを見積もる。次に、よく分からない部分も含めて被曝リスクを評価し、一般の人とのリスクコミュニケーションをするのが私の仕事だと思っています。
 ただし、リスクマネジメントには自分からは関わらない、というのが私の立場です。それは行政なり、個人で判断するものだと思います。

――リスクマネジメントは、一人ひとりの判断が尊重されなければならないと。

今中 そうだと思います。

――リスク分析、リスクコミュニケーション、リスクマネジメントの問題は、放射能だけには限りませんね。

今中 放射能汚染については、東京電力の不始末がもたらしたしゃくな事態であることは確かですが、個人的には、神経質になっても仕方がないという汚染レベルもあると思います。自然の放射線もありますし、昔の核実験降下物の名残の汚染もあり、福島事故以前から、私たちの環境に放射性物質が存在していました。重要なのは、それぞれの人が納得して判断することだと思います。

――そのためにも、先ほどのハザードマップのように、基本的な情報が共有されることが重要ですね。今日はあらためて大切なお話を聞かせていただきました。ありがとうございました。


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